伊賀上野城
築城の名手である藤堂高虎が大規模改修した
お城。藤堂高虎は、一説では身長6尺2寸(
190cm)の大男?で、浅井長政に始まり
豊臣秀吉、徳川家康まで7度主君を変えてい
ます。加藤清正と並び、戦国二大築城名人の
一人です。大坂城に次ぐ、29.7mの高石
垣が有名ですね。
(2013.05 伊賀上野 撮影:じっさま)
伊賀上野城2
高虎は徳川家康の命令で大阪攻めの秘密基地
として慶長16年(1611)から大改修を
開始。高石垣の先には、豊臣秀頼のいる大坂
城があり、この方角に高石垣を築くことが、
最大の防衛ポイント。藤堂高虎の石垣は、反
りがなく直線的なのが特徴で、剛健で男性的
な感じがしますね。
(2013.05 高石垣 撮影:じっさま)
松阪城
牛だけではありません。お城も日本100名
城に数えられ、雰囲気のある城下町が形成さ
れています。1588年、秀吉から南伊勢約
十二万石を拝領した蒲生氏郷が、わずか3年
で完成させた。城跡に隣接して本居宣長記念
館があり、ひと勉強できる。また、近くには
御城番屋敷があり見学で、タイムスリップ!
(2022.09 松阪城 撮影:じっさま)
松阪城2
石垣工事では、氏郷が近江から穴太衆を呼
び寄せたと言われている。築城当初の石垣
は「野面積み」、江戸時代の石垣修復時に
積み直された石垣は「打ち込み接ぎ」や「
算木積み」と呼ばれる工法が使われ、違い
を一度に楽しむことができる。古墳時代の
石棺の蓋も石垣の中に混じっている!?
(2022.09 本居宣長 撮影:じっさま)
津城
三重県の県庁所在地である津市にある津城
は、織田信長の弟、信包(のぶかね)によ
って築城された。慶長13年(1608)
藤堂高虎が伊予今治から移り、城を大改修
し城下町を整備した。石垣を高くして北側
には、隅櫓を築き堀を整備したが、天守閣
は再建されなかった。
(2022.09 藤堂高虎 撮影:じっさま)
津城2
ここでも高虎の石垣の特徴がよく現れてい
ます。隅角部が直線的で底部には犬走りが
見受けられます。丹波篠山のお城も同じよ
うな石垣でした。この他に宇和島城、伏見
城、江戸城、聚楽第、大坂城、二条城など
数多くのお城の石垣を修築している。
(2022.09 津城 撮影:じっさま)
桑名城
関ヶ原の戦いの後、覇者となった徳川家康
は慶長6年(1601)に徳川四天王の一
人である本多忠勝を桑名十万石に封じた。
忠勝は、城に船着き場も整備し、4重6階
の天守をはじめ51基の櫓、46基の多聞
を設け、同時に城下町も整備した。海に向
かって開いた姿から「扇城」と呼ばれた。
(桑名城 )
桑名城2
幕末には松平容保の実弟である松平定敬(
さだあき)が藩主となり、京都所司代とし
て兄と共に京都の治安を預かった。鳥羽伏
見の戦いに敗れた旧幕府軍と共に定敬も江
戸に向かった。藩主不在の桑名城は無血開
し、昭和3年(1928)に本丸・二の丸
一帯を整備して九華公園としている。
(桑名城 )